2008年04月17日

#1 アメリカン・スポーツの誕生

 19世紀のアメリカはエジソンが数々の発明を行ったようにスポーツにおいても新しい競技を創り出した。すでにあったスポーツに手を加えたアメリカン・フットボールやベースボール、あるいはアメリカ独自の発明であるバスケットボール、バレーボールなどがその代表とされる。前二者は発生の時期に幅があるが、あとの二者はバスケット、1892年1月20日、バレー1895年2月9日と明確である。

 フットボールは1869年のラトガーズ大学とプリンストン大学の大学対抗戦をもって始まったとするのが一般的である。ベースボールはラグビーと同様その誕生はいくつかの伝説にいろどられており、どの説話も郷愁を帯びている。

 1869年まで大学対抗のフットボールのゲームは存在しなかった。1868年以前は大学内の学年対抗にとどまり学外にでることはなかった。1869年に行われたラトガーズ大学とプリンストン大学の対戦は初めての大学対抗であったのでアメリカン・フットボールの嚆矢(こうし)とされている。1863年にイングランドで最初のサッカー組織、Football Association が結成され基礎となるルールが制定されたが、まだ未完成であり、そのご数十年をかけて現在のルールに近いものに変更された。このアソシエーションからサッカーという言葉が生まれたことは良く知られている。

 文書に残るフットボールの記述のもっとも古いものは12世紀。イングランドのものである。1180年頃にある修道士が書いた伝記の序文にフットボールについて述べていると思われる個所がある。この時代のフットボールはfolk football、民俗フットボールと呼ばれ、その足跡は紀元前にまでたどることができる。もっとも人類が二足歩行を始めたときより蹴るという行為はあったと推測されるが定かではない。

 folk footballはまたmob footballとも呼ばれ現在のサッカー、ラグビー、プロレス、ボクシング、その他もろもろの競技がないまぜになった混沌とした集団格闘技だった。村対抗の、時には全村を挙げてのお祭り騒ぎに近いものであり、したがってそのありさまからmob、すなわち群れ、あるいは暴徒の群れと形容された。このフットボールはしばしば大小の騒乱につながり、そのため為政者から何度もフットボール禁止令が出された。記録に残る一番古いものは1314年エドワード二世の命によりロンドン市長が発布したものである。

 時代が進みこのマグマのような民俗フットボールが近代と言う鋳型にはめられて生まれたのが、サッカーとラグビーであり、そのなかからスコットランドのラグビーがカナダ経由でアメリカに移植され、風土によく適応してアメリカン・フットボールが誕生する。この生命力豊かな帰化植物は土壌に広く深く根を下ろし、幹を太くし現在の大樹となった。
posted by 日本アメリカンフットボール史 at 20:57| 記事